日本初への挑戦!情報通信ネットワークは
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ヒデミツの商い

第5章

カテゴリ:ヒデミツの商い

【情報通信ネットワーク設立】
  1992年、大学3年生の3月に設立した情報通信ネットワークは自ら興こ した日統一ゼミナール運営と塾講師を派遣する事業を主体とするものでした。 この会社組織を作り上げる前に出会ったのがヒデミツが講師となった一橋ゼ ミナールの紀岡直樹代表です。学習塾経営者として成功していた人物を間近 に接したことが企業経営の醍醐味に触れ、会社設立となりました。

【原理、原則を重んじる経営】
  紀岡代表は、他の講師からは煙たい存在でした。講師たちが契約の途中で止 めたり、禁止されていたGパンをはいての授業には厳しく対応していたから です。講師たちから見れば「もっと大目に見て」と思われることでも紀岡代 表は徹底的に校則、規則を重んじた塾運営を展開。原理、原則を重んじるこ とによって、教室を拡大。1500人もの生徒数を誇る東京の城南地区では 最大の学習塾経営者であったのです。 こうした経営者を身近に見ていたヒデミツは「いつか自分も」というあこが れの気持ちで塾講師を続けました。また紀岡代表が教室を拡大し、資金が増 えているにもかかわらず、ブランド品や高級車を購入するわけでもなく、ご くごく普通の姿での経営者も魅力のひとつでした。紀岡代表が他の講師から おそれられるのには理由があるわけです。ヒデミツはもちろんのこと講師全 員が理由もなく叱責されたのではありません。規則を守らない同僚講師が悪 いとヒデミツは感じていました。おこられた講師たちが「反代表」のカゲ口 を言っても、アルバイト講師たちは経営者には勝てない現実を実感していき ました。 

【リーダーシップに感動】
  紀岡代表はよくヒデミツたちを食事に誘ってくれました。そのとき語る「自 分が思うようなビジネスを展開したい」という経営者の姿はあこがれでした。 誘われても、紀岡代表を嫌っている講師たちの断る度量 の狭さには失笑。自 らに非があるから叱責をうけるわけで規則を守って働く人達に紀岡代表の叱 責はありませんでした。ヒデミツは、経営者として非のある人間は必ず組織 全体を病んでしまうことを恐れていたからだと思いました。Gパンなどは確 かに個人の嗜好、センスの問題ですが、ひとつの団体組織として講師は清潔 な服装で教壇に立つことを決めた以上は講師たちにその規則を守らせること が組織の規律でもあったわけです。 だからこそ、ヒデミツはささいなことに激怒する紀岡代表を嫌うのではなく 経営者としてのリーダーシップに感動していたのです。 

【カラダ全体で会社経営を学ぶ】 
  紀岡代表と毎日のようにお酒や食事をしながら経営の難しさ、経営者として の立場をカラダ全体でヒデミツは覚えていきました。 ある時、話題となったのが「講師が集まらない」ということでした。進学実 績が高まれば生徒は口コミで増えていきましたが講師は単なる募集広告では 集まらないのが実状でした。かつて小学生の時、「生徒が集まらない」とい う学習塾の先生の一言を聞いて生徒募集の代理店活動をしたように、ヒデミ ツは、講師が集まらないのなら自分が集めてみようと思ったのです。小学生 の時とは違い、すでに日統一ゼミナールも設立しているわけですから、こん どはホンモノの事業としての塾講師派遣事業をスタートさせたのです。